会心の一撃
「……なぁ」
「なによ」
「見てる……よな?」
 ヴェイルがおそるおそる小声で言った言葉に、ディラは顔をしかめてスパッと返した。
「見まくってるわよ。あんたそれ言うの何度目?」
「……悪かったな。気になるんだからしょーがねーだろ」
 むっと鼻に皺を寄せて言うヴェイルに、ディラは肩をすくめた。
 実際、奇妙な眺めではあるのだ。
 一応パーティのリーダーであるところの勇者のゲット。彼がおかしくなったのは、だいたいイシスを出た直後ぐらいからだったと思う。
 移動中はさておくとしても、休憩中や街について宿に泊まる時など自由に行動できる時に、彼はじーっとユィーナを見つめているのだ。パーティの知恵袋であるところの、遊び人のユィーナを。
 それこそ一心不乱と言いたくなるほど精神を集中して見つめているので、はたからはちょっと声がかけにくい。だが明らかに妙だ。休憩中の間一時も目を離さずひたすらユィーナを見つめているそのさまは、かなり不気味だ。不自然だ。
 ゲットになんでユィーナを見つめているのか何度か聞いたことはあるが、そのたびにゲットは真顔で否定する。
「俺は別にユィーナを取り立てて見つめてたわけじゃないぞ」
「はぁ? どー見たってユィーナのこと思いっきりガン見してたじゃないのよ」
「いや、見てない。俺はただ普通に休憩していただけだ。お前らの気のせいだ」
 という感じ。ディラの見たところ、どうやら本人も本気でそう思い込んでいるように思えた。
「ユィーナユィーナ、あんた本っ気で心当たりないの? なんでああもガン見されてるか」
 もう何度目かになる問いをディラが発すると、ゲットの視線を完全に黙殺していたユィーナはちろりと冷たい瞳でディラを睨み、かぶりを振った。
「何度も言ったでしょう。まったく心当たりはありません」
「全然?」
「一切まったくこれっぽっちも。――それより体を休めておいたほうがいいですよ。ダーマまでの道はまだ遠いんです、今日はあと六時間は歩きますから」
「うげ……」
 ディラが呻くのを完全に無視して、ユィーナはドライフルーツをゆっくりと噛みながら水をちびちびと飲んでいる。今は体を休めるという目的が最優先ということか。実際彼女のいかなる状況でも目的に邁進する精神力はたいしたものだ。
 けど、内心はどーかなー、とディラは少し面白がるような気分で内心呟く。ユィーナは無視の素振りを貫いてはいるが内心かなりゲットの視線を気にしているとディラは思った。ゲットの方に不自然なくらい視線を向けないのも、表情や体がひどく固いのもその証。
 この二人くっつくかなー、とディラはにんまり笑顔で思う。パーティ内でカップルが出来上がるのは士気の関係上よろしくないというのが冒険者の常識だが、この二人だったら面白いから無問題だ。
 堅物の勇者とクレバーな賢者。この二人がくっついたら当分退屈しなさそうだ。旅にも慣れてそろそろ刺激がほしいと思ってたところだし。
 ゲットはドライフルーツを噛みながらひたすらじーっとユィーナを見ている。つい面白くなって、言ってしまった。
「ゲットー、あんたいっくらユィーナが好きだからってそーもいっつもラブに溢れまくってる顔してちゃいーかげんウザいわよー」
「……! ディラ!」
「………………」
 ユィーナはきっとディラを睨み、ゲットは――
 大きく目を見開いて、つかつかとディラの方に寄ってきた。
「な……なによ?」
「……今のは本当か」
「は?」
「俺はユィーナに惚れているのか」
 ディラは思わずぱかっと口を開けた。
「は……? いや、あたしに聞かれても困るけど」
「お前は惚れたと思ったのか?」
「……うん、まぁ………」
「そうか―――俺は、ユィーナに惚れていたのか………」
 今自覚したんかい! と突っ込みを入れてやりたいところだったが、そんなことなど気にも留めずゲットはづかづかとユィーナに歩み寄った。思わず腰を引かせるユィーナの手を取り、叫ぶ。
「ユィーナ!」
「……なんですか」
「俺の子供を産んでくれ!」
『………………』
 一同の間に思わず沈黙が落ちた。
 普通、それは、告白してつきあった後の、プロポーズの段階で言う台詞ではないか?
「魔王を倒したらアリアハンの一等地に白い壁と緑の屋根の家を建てよう! 犬は一匹子供は男女一人ずつだ! 白いフリルのエプロンをして俺の帰りを出迎えてくれ!」
「………は? あの、ちょっと、手を放して……」
 ユィーナの言うことやこちらの痛い人を見るような視線など意にも介さずゲットは真剣な顔でユィーナを抱きしめ押し倒した。
「まどろっこしい、今すぐ愛し合おうユィーナっ! 好きだ愛してるアイラブフォーエバーウィズユーっ!!」
「………きゃーっ!」
『ちょっと待てぇっ!』
 ディラとヴェイルは思わず揃ってゲットの後頭部に突っ込みを入れた。ゲットが真剣な顔のまま(ユィーナの手はしっかり持って)こちらを振り向く。
「邪魔をする気か」
「邪魔するもなにも! お前俺たちの前でヤる気かよ!?」
 そう言われて初めて気がついたような顔でうなずき。
「そうか、ユィーナが恥ずかしがるな。よしお前ら一刻ぐらい力の限り全力疾走してこい」
「阿呆か! なんで俺らが……っつか今日はこれからあと六時間歩くんだぞ!?」
「ていうかそれ以前に! あんたなにいきなり同意も得ずに女押し倒してんのよ!」
 ゲットは真剣な顔で耳を傾け。
「つまり交際は順を追って、ということだな?」
「……まぁ、そういうことだけど」
「よしユィーナ、ちょっと待っててくれ。今すぐ花束と指輪を買ってくる。そして帰ったら即座に結婚式、そして初夜だーっ!!!」
『阿呆かお前はっ!』
「誰が阿呆だ。俺はユィーナを心から愛する一人の男だ!」
「さっき自覚したばっかの人間がなにを抜かす!」
「愛に時間はいらない。それに俺の中でユィーナへの愛はいつの間にか天より高く育っていたんだ! 俺がちょっと鈍感だったんで気づくのが遅れたが!」
「ユィーナ側の愛はどーなんのよっ!」
「大丈夫だ、俺とユィーナの出会いは運命だ。今気づいていなくてもユィーナの心の中では一秒ごとに愛が育ってる!」
「って、お前な……」
「―――ゲット」
 押し倒されかけていたユィーナがすっくと立ち上がった。ゲットが真剣な顔でユィーナの手を取る。
「ユィーナ―――君もやはり結婚式はダーマがいいと思っていたか」
「…………」
 にこり、とユィーナは微笑んで、す、と拳を上げ――
「一回死んできなさいこの下半身男!」
 痛烈なパンチをゲットに食らわせ、ゲットは見事にひっくり返った。
 ――そのあと「そうか、これはあれだな、殴り愛ってやつだな? よしわかったユィーナ好きなだけ殴れ俺を!」と叫んで迫るゲットのせいで、旅の進みはすさまじく遅れた。

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